きらめく笑顔で 照らし続けて

 

2024年3月16日

京セラドーム

 

行きたい人が全員入れるであろう規模の会場。

しかも配信までされる。

 

心構えはしていた。

とうとうデビューするんだなあって思いながら会場まで向かったし、事前に作っていた「デビュー決定おめでとう」のうちわを準備して開演を待った。

 

そしたらまずツアーが発表された。

去年の全国ツアーよりさらに会場の規模が大きくなり、アリーナツアーになった。

発表の規模の大きさから、「もしかして今日はデビュー発表ないのかな?」と思ったのも束の間、正門くんから「僕たちの口で伝えたいことがあります」と。

 

騒然となった会場が発表の直前に一瞬静まり返ったことがやけに忘れられない。

 

「CDデビューします!」

 

歓喜乱舞する人、椅子から崩れ落ちて泣く人、いろんな人がいる中で私はただ呆然としていた。

 

グループができてから5年。

彼らと共にいろんな夢を見た。

 

冠番組、ラジオ、雑誌の表紙、ドラマ出演、外部舞台、ツアー、アリーナコンサート、全国ツアー、そして単独でのドーム公演。

 

なんで1番ドームに立つことを夢見てた人がここにいないんだろう。

もちろん何かしら非があって脱退、退所したことは理解してる。

けど、やっぱり5大ドームツアーをずっと夢に掲げてきた彼にもいてほしかったなあ…。

 

 

発表から2ヶ月半ほど。

ぽっかり空いてしまった穴を埋めるかのように、他のものを推してみたり、仕事関連のことに熱中してみたりして、仕事中にも泣いていたところから、「推しが急にいなくなったんですよ〜」と自虐風に話せるところまできた。つもりでいた。

 

今日久しぶりに5人のAぇ! groupを見て、大晴の歌割りだったところを他のメンバーが歌うところを見て、元から5人用かのようにきれいなダンスのフォーメーションを見て、全然回復できてないことに気づいた。

Aッ!!!!!!の歌い出しが大晴にぴったりな歌詞でとても嬉しかったこと、ロマンティックのC/Rが「茶髪〜!」とか「A型〜!」とかの変わり種で大笑いしたこと、アホ新世界の初披露のときにAメロBメロにソロパートがなくてしょんぼりしてたらまさかのセリフパートで崩れ落ちたこと、Firebirdのアウトロのダンスが大きすぎて初めはズレまくってたのがどんどん修正されていったこと、Oh Yeah!で正門くんの背中合わせで演奏しながら歌ってたこと、君からのYELLで急に歌詞が追加されて大晴にぴったりなパートをもらえて号泣したこと、ボクブルースのときの不安そうに歌う姿を祈るような気持ちで見ていたこと。

ぜんぶなかったことにされたような気がしちゃって、とても普通に立っていられなかった。

 

 

 

思えば初めて見たのはまだグループが結成されるどころか関ジュの中でもギャグの人、色物扱いされていたときだった。

後に大晴が高3のときに初めて行ったロケはうまくいかなかった的な発言を雑誌か何かでしていたと思うけど、まさにそのロケを見たのが出会いだった。

全くどこの誰かも知らなかったけど、ガチガチに緊張しているのだけは伝わってきて、でも関ジュらしくギャグとかボケとかでなんとか爪痕を残そうとする姿にとても好感を持ったのを覚えてる。

それから約6年半。受験で半年いなくなって、退所したんじゃないか?と落ち込んだ日々もあった。せっかく難関大学に合格したのに特に何かが変わることはなく、いつまで経っても後ろの立ち位置にいることに悔しい日々もあった。念願だったグループにぬるっと加入することが決まり、家で叫んだ日もあった。グループができてからはコンサートの規模が大きくなることの嬉しさ、それに伴わないジュニア全体としての立ち位置の低さ、いいことも嫌なこともいっぱいあった。

でも振り返ったらなぜか楽しかったという気持ちしか残らない。

それだけAぇ! groupの6人が常に楽しそうで、私たちに笑顔を届けてくれたからなんだろうな。

 

そんなAぇ! groupの覚悟、そして門出を見届けられたこと、心の底からとても嬉しい。

もちろん大晴にいてほしかったという気持ちは抜けないけど、脱退というのは不可逆なもので、もう二度と6人のAぇ! groupが見られないというのなら、6人のAぇ! groupを、大晴のことを忘れずに、5人のAぇ! groupも見守っていくのが、今の私にできる最大限かなと思う。

 

メンバーからもスタッフさんからも愛されて、努力家で、どんなときでも全力で、心の底から楽しそうにベースを演奏して、コンサート中によく自分のファンを探してくれて、ちょっとイキって笑、そしているだけで雰囲気が明るくなる、そんな大晴のことを憧れながらもこれからも忘れないように大事に心にしまっておくことにします。

 

長くオタクやってる分、今までいろんな場面に立ち会えたから、過去に対しての後悔はほとんどないけど、未来に対しての悔しさしかないな。

もちろん6人揃ってCDデビューしてほしかったし、大晴が夢に掲げていた5大ドームツアーもやってほしかったし、いつかキャスターとしてのお仕事もしてほしかったし、ハマり役だったダークな役を舞台でみたかったし、映画も出てほしかったし、大晴がやりたいことが叶う瞬間もっと見たかったな。

個人的にはライブを下手側の最前列で見て、大晴のベースを頭からつま先まで全身で浴びたかったし。

 

大晴が叶えられなかった分も、これから5人が叶えていってくれたら嬉しいな。

もしかしたら今後はその場に立ち会えることは少なくなるかもしれないけど、いつかAぇ! groupが5大ドームツアーをやる日がきたら、そのときは私も行ってもいいのかなと勝手に思ったりしています。

 

その日までAぇ! groupが大きく羽ばたき続けることを心から願っています。

 

Aぇ! group本当にデビュー決定おめでとう!!!!!!

 

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P.S.

タイトルは大晴が今まで担当してきたパートの中でも1番大好きな君からのYELLの歌詞からとりました。本当の歌詞は「きらめく笑顔で 僕を照らして」なので要注意。

このパートもベースも引き継いでくれたリチャくんありがとうね。(もちろん他のパートを引き継いでくれたメンバーもね)

 

 

叶えた1年

 

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福本大晴くん

お誕生日おめでとう!!

 

おめでたい日なのに、どバラード歌っている儚い表情から始まりましたが、大晴24歳の誕生日おめでとう!!🎂

 

好きになった頃はまだ高校生だったのに、もう24歳になるの!?と毎年のことながら驚いています(と同時に自分の年齢も実感して落ち込んでいます)

 

23歳の1年間は大晴にとってどんな1年でしたか?私にとって、23歳の大晴はヤンタンでも言っていた通り「叶える」1年だったなあと思っています。

 

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(※写真の選択に他意はありません)

 

「Aぇ! groupの演出をやりたい」という思いからスタートしたグループの演出担当としての顔を関西Jr.という規模のコンサートにまで広げ、

 

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夏に引き続き冬もHEPの顔になり、

 

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初の舞台ツアーでは多くの意見を取り入れられ、4都市大成功をおさめ、

 

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ヤンタンのコーナーにもなるほどやりたかった全国ツアーを44公演全員で完走し、

 

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初めてドラマに出た『年下彼氏』やグレショー関連のインタビューでたびたび話していた「連続ドラマに出てみたい」という夢を叶えただけでなく、2クール連続のドラマ出演も果たし、

 

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ラヴィット!という大好きな全国放送の番組でシーズンレギュラーにも選ばれ、

 

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グループでの野望の1つだったフェスにもジャニーズJr.として初めて出させていただき、

 

他にも初のソロ表紙や初めて出る番組など、

あげだしたらキリがないほど、23歳の活躍は凄まじかったし、その全てが「いつかできたらいいな」と言っていたことの実現だったのではないかなと思います。

 

ヤンタンに何週も出なくて寂しいときもあったけど、久しぶりに出たヤンタンでは新しいお仕事の報告をとても嬉しそうにしていたのが私にとってはかなり印象的で、私には想像できないほど忙しい時もあっただろうけど、それすら楽しんでいる大晴を見て、私まで嬉しくなっていました。

 

24歳の1年間で見たい景色はありますか?

まずは「デビューする」が一番の目標かな。

 

初アリーナ公演だったおてんと魂では、「5大ドームがしたいと言ってしまったので…」と少し笑いながら話していましたが、この1年間の躍進を見て、この6人でなら本当にいつか叶えられると思ったし、叶えられるようにファンにできるサポートは全てしていきたいと思ったので、逆風に負けず、24歳も大晴らしい活動ができればいいなと心から願っています。

 

長々と1年間を振り返りながら語ってしまいましたが、今年も大晴が一番だし、Aぇ! groupは最強なので、これからも応援してるね!!ってことです。(?)

 

24歳の大晴にも幸多からんことを!!💐

 

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22歳になる君へ

 

福本大晴くん、

22歳の誕生日おめでとう!!

 

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初めて見たときはまだ高校生だった大晴が

今年大学を卒業するのか〜〜と、

勝手に感慨深くなって親戚面していますが、

大晴本当に誕生日おめでとう!

 

21歳の大晴はどんな活躍をしたかな〜って考えると、

2年連続の24時間テレビytvスペシャルサポーターを務めたり、

念願叶って配信じゃない形で松竹座座長公演ができたり、

今まで出たことなかった雑誌に初登場もしたり、

新しいレギュラー番組やレギュラーのラジオ番組が始まったり、

探せばキリはないけど、たくさん新しい仕事をさせてもらえて、

たくさん新しい顔を見られた幸せな1年だったな〜と思います。

 

私は今年社会人になり、職場の先輩・上長や、同期、仕事でのお客さんなど、たっくさんの人と関わっていて、

あらゆる人にジャニオタであることや、Aぇ! groupのファンであることを言っているんですけど(スマホケースに関西ツアーのときのあのベースのキャラ挟んでいるので聞かれたら言うしかない)

圧倒的に「Aぇ! group知ってる!」と言ってもらえることが多くなったなあと思います。

 

さらに前はAぇ! groupを知ってると言われても「チャールズみたいなハーフの子おるよな?(※もちろんリチャード)」みたいな雑な覚えられ方もされていましたが、

最近は「おは朝出てる大晴くん知ってるで」とか「朝ドラ出てた正門くん分かる」とかしっかり“なんの仕事”に出てる(出てた)かと“誰か”っていうのが一致していて、

Aぇ! groupの知名度の高まりを感じています。

 

ただグループの仕事が順調で、

他のメンバーがドラマや映画などいろんな場に出ているのを見ると、

3月以降個人の新しい仕事ってなかったなあ…と寂しく思わずにはいられません。

 

時期的に、絶対無関係ではないはずだし、

当日中に苦しい思いをしながら、書き留めたブログ(の形になっていないもの)が下書きに残っていて、

それを見るたびに喜怒哀楽がそれぞれ150%で押し寄せてきて、心が爆発したりするんですけど。

それでも私は自担が一番!なので、

またクイズ番組出てほしいなあとか、

クイズ番組に限らず、テレビに呼ばれてほしいなあとか、

大晴の活躍を祈るばかりです。

 

そして、今年は「Jr.大賞は大賞自体も大事だけど、副賞(集英社の他の雑誌で企画が組まれる)がめちゃくちゃでかい」ということを、何度も思い知ったので、

去年も全力出したけど、今年はそれ以上に本気で挑もうと思っています。

それが大晴への数ヶ月遅れの誕生日プレゼントになったらいいな!

 

というわけで、

22歳も大晴の笑顔で、関わる全ての人を照らし続けてくださいね。

本当にお誕生日おめでとう!

 

わたしがJr.担になるまで -地獄の半年と歓喜の2月を越えて-

 

ある日ふと思った。

沼落ちブログが書きたい

ただ、ジャニオタ2桁選手なので、ジャニーズにハマった経緯はあんまり覚えてない。というわけで明確に沼落ちの瞬間を覚えている福本大晴くん沼落ちを書きます。ただの自己満です。

 

まずその前に当時のわたしをまとめます。

・嵐NEWS関ジャニ∞のオタク

・関西Jr.はなにきん、Funkyくらいは知ってた

・Jr.にハマるなんて1mmも思っていなかった

 

 

2017年10月

先述の通り関ジャニ∞のオタクだったため、ジャニ勉を毎週リアタイしていた。ただ番組の後半くらいから時々放送されていた頑固店長のコーナーは諦めて寝ていた。次の日早くから授業あったし。

しかしこの日の頑固店長ロケを担当していたのは林真鳥くんだった。Funkyは知ってたし、その中ならまとくんだったわたしは、多分やるはずの「お値段以上マトリ」だけでも見ようかなと思い、そのままなんとなくテレビを見ていた。まとくんがいつもの指芸人っぷりを発揮しながらお値段以上の自己紹介をした後、わたしに衝撃が走った。

いったーい!たいたいたいたいオレ大晴!

1秒くらいの驚きのあと、夜中1時近くになっていたにもかかわらず大笑いした。余談だがわたしはサバンナの八木を本気で面白いと思っているタイプの人間だ。そのあたりからもわたしがいかに大晴のギャグに心を奪われたかを察してもらいたい。

ちなみにこのときの自分のツイートがこれ

10秒でJr.に全く興味のなかった女の心を掴む男、福本大晴。

 

その後も順調に沼を進んでいくわたし

今までの自担ではなかった"ギャグ入り"を果たした大晴。

このあたりで元西畑担の友達にツイートから大晴にハマったことを知られ、DK組という単語を教えてもらう。そして自分より年下だと言うことに驚く。諸事情により吉岡廉くんのことはこの当時すでに知っていたので、非公式とはいえ同じユニットか…!と一気に愛着がわく。

生粋のジャニオタなので、公式非公式関係なくユニットは好きだし、シンメに弱いので福福コンビの存在と、相方は退所してしまっているということを知る(※実際には退所していなかったのだが、当時退所したと噂されていた)そして今は晴晴コンビというものが存在しているということも知った(こっちは退所してしまったが)

大晴くん単体でも晴晴でもDK組でもなんでもいいから大晴くんがアイドルしてるところ見てみたいな〜と思っていた矢先、Twitter上にある噂が飛び交い始める。

 

大晴くん退所した説

 

我が家はアンテナが取り付けられない関係でBSが見られないのだが、どうやらまいジャニに出ていないという情報を目にするようになった。まいジャニを見たことはなかったので詳しいことは知らなかったが、当時から有名で人気のあった大西畑とるたこじ、トリオ、Funkyあたりがメインで出ている番組なのだろうと思っていたので、それはあまり気にしていなかった。雑誌もいつもならいるであろうところにいなかったこともあったが、ユニットのないJr.が雑誌に呼ばれないなんて日常茶飯事だとそのときにはもう分かっていたので、「来月には載ってるかもな〜」くらいにしか思っていなかった。

しかし疑惑はどんどん大きくなった。雑誌には何ヶ月も出ていないし、露出が一切ない。極めつきには先輩のバックや関ジュのコンサートにも出ていない。

さすがのわたしも「退所したのかな……」と思った。そして本当にJr.の退所ってファンにはなんにも知らされないんだな、と事務所の残酷さを恨んだ。

思い出すと悲しくなるから忘れよう忘れようと他に応援していたグループの方に熱を注いだ。

それでもたまーに思い出して、Twitterで検索をかけては落ち込んでいた。もっと早く存在に気づきたかったって後悔した。

 

2018年春

気持ちを割り切って完全に忘れ去ろうと思っていた矢先。Twitter上に「大晴くんが大学の履修指導に来た」という情報を見かけた。

その後WESTのコンサートを見学していたという噂も耳にした。そして決定的だったのはかんじゅ日誌の更新。

ちなみにわたしはこのブログを母と話しながら開いたので、突然叫びながら泣き始めたことにめちゃくちゃ心配された。

大晴が戻ってきてくれたことにも驚いたけど、同時更新の福井宏志朗くんにも驚いた。辞めたとばかり思っていた2人が復活した。これから福福まとめて応援したい!と思った。

 

ジャニ勉で見たときから、アイドルしているところが見たい!と思っていたので、早く福福踊っているところ見せて!と思った。が、わたしはまだJr.について全然わかっていなかった。

当時の関西Jr.は大西畑とるたこじがメイン、次にトリオ、Funky、たまにバンド組という立ち位置だった(と記憶している)つまり大晴は出るとしてもそれより後ろ。それと同時期くらいに誰が誰と同期かというのも理解し始めたので、「れんれんや西畑くんと同期なのに大晴はなんでこんな後ろなん!?」ともやもやする日々を送った。

アイドル誌に小さく写ってるのを見つけては買う、それくらいしかできることはなく、悶々とした日々を送った。現場に行くことも考えたが、同期の西畑くんがセンターで歌う中、バックの端っこで踊る大晴なんて見てしまったら悔しくて悔しくて見てられないと思ったので、関ジュ現場には行かなかった(ちなみに同じ理由で素顔4も関ジュ盤は買えなかった)

 

2018年秋

のちに本人も雑誌で語っているが、2018年の梅芸がピークに悔しくてしんどかった。現場には行っていないがレポだけは漁っていたため、大晴がずっとバックで踊ってたことも知っていた。でもしんどくても"担降り"は1秒も考えなかった。むしろ「絶対西畑・正門と並ぶまで応援してやる!!」くらいの気持ちだった(※当時のわたしは悔しさをぶつけるところがなく、同期の西畑くん正門くんを勝手にライバル視していた 今は2人ともだいすきなので安心してください)

そしてそんな西畑くん率いるなにわ男子に「人気メンバー全員集めたら人気出んわけないやろ!」と勝手にキレていた(※のちにまるっとだいすきになる)

 

2019年1月

秋の梅芸で悔しさのピークを体験したのか、あけおめコンでは悔しさをそれほどまで感じなかった。多分その頃にはだいぶ関ジュの事情を理解し始めていて、「バックでも端っこでも大晴がいるところがセンターやし、スポットライトが当たってなくても輝いて見えるからいいか〜」と諦めなのかこじらせなのかよく分からない思考に進んでいた。今のようなモンペオタ(とわたしは自負している)になる一歩手前という感じである。

わたしも大学生なので、バンバン売れはじめても大学との両立が大変だし…と思うようになっていた。

 

2019年2月18日

日付から察している方もいると思うが、この日突如として、Aぇ! group という単語が飛び込んできた。「またトンチキ…」と思いながらメンバーを見ると1番上には正門くんの名前。「あー!バンド組ですね!はいはい」と思って閉じようとしたが念のため下の方まで名前を見ると、福本大晴の文字。「え!?」とデカめの叫び声をあげたあと、頬を思いっきりつねった。興奮して力入りまくっていたので普通にめちゃくちゃ痛かった。

誰に対しての感謝かもわからない言葉を口走り(正確に言えば書き走り)、春、どころか2月中に情報局に入った。当然のように泣いたし、そのときまだ家族にJr.担になったこと言ってなかったけど、これを機に全部話した。母は「へぇ〜おめでとう」と言った。もっと興味持ってほしい。

 

メンバー的にも、のちにAクートという名前がつく卵のキャラクター的にも、おそらくAぇ! groupはバンドでいくんだとすぐに察した。その後関ジャニ∞などバンドやってる先輩グループを思い浮かべながら、正門くんはギター、こじけんはキーボード、佐野くんはドラムで決まりとして、あとのメンバーは…?と考えはじめた。歌のうまさに定評のあった末澤くんは多分ボーカルだろうと思ったし、調べてリチャはサックスが吹けることも知った。消去法で考えると大晴はベース……このときにふと関ジュバンドでベースを弾いていた小柴陸くんのことを思い出した。どういう経緯でベース(まだ公式の発表はなかったが、多分そうだろうと思ってた)を大晴でって決まったのか分からなかったが、本当なら陸くんが入ってたのかな…と思うと、自担が1番!なオタクなので滑り込めてラッキー!という気持ちと、陸くんと陸くん担の子たちが心配な気持ちとで、とても複雑だった。

 

大晴のファンになってからJr.の世界というものを知って、もがき苦しみ、ユニット加入やデビューまでがむしゃらに頑張る気持ちを大晴だけでなくいろんな人から感じた。今まで日の目をあびることがなかった人でも、横山くんの鶴の一声で突然ユニットに加入し、未経験のベースを担当することだってある。本当に何が起こるかわからない、瞬間瞬間が大切な世界だと実感した。

Jr.という青春真っ只中にいる大晴を、一瞬も逃さないように、これからも応援していきたいと強く思う。

 

 

 

 

ただ、やっぱりデビューして大きな会場を自分たちのファンだけで埋めてる姿は見たいので、横山くん今後ともよろしくお願いします!!!!!!